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空の教え

般若心経に出てくる「空」とは

今までは解釈が非常に難しく、理解出来ないままでいました。

「不生不滅・不垢不浄・不増不減」
(物には生まれたり無くなったり、綺麗も汚いも、多いも少ないもない)

「色不異空・空不異色・色即是空・空即是色」
(物は全て【空】。【空】なるものが物である)

実際にある物でも「空」って、どういう意味だろう・・・

とずっと疑問に思ってました。



とある仏教解説書で分りやすい解説・例えがありまあした。


人間は自分勝手な「物差し」で物を見ている。

例えば、100万円があるとします。

ある人は100万円は大金だと思います。

大富豪でしたら100万円は「はした金」です。

見る人その人の心の中の物差し次第で大金にもなり、はした金にもなるのです。

こうした違いはそれぞれの人が「綺麗」・「汚い」。「多い」・「少ない」。などの物差しを持っているから生じるのであって、綺麗でも汚くもない、多くも少なくもないという事が【空】という事なのです。

全ては【空】なのに、私たちは心の中の物差しで物を差別してレッテルを貼っている。

そのレッテルを剥がしなさいと、般若心経は教えているのです。


心の中の思考は、今まで生きてきた自分の集大成で、言わば自分の価値観。

この価値観を捨てない限り、煩悩に悩まされる毎日が続くと思われます。

普通の人では断ち切れないとは思いますが、そういう考え方もあるのだと思うと多少の心の安らぎを覚えるかもしれません。
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求める心

会社のカレンダーの言葉。

---------------------------------------------------------------------------
「人に求める心は、己が到らぬ反映」

他人の欠点や短所は、己の姿である。
他人を変えようとせず、自らを修正すれば、人間関係は潤滑油を得たように好転し始める。
----------------------------------------------------------------------------

以前、あるトーク番組で武田鉄矢氏がこんな事を言ってました。

「あなたの奥さんに対する不満や言いたい事を思いっきり言えるだけ言ってみてください。」

(質問された人は、妻への不満等をあれこれ沢山言ってました)

「はい。沢山出ましたけど、その言ってる内容全てがあなたの姿・あなたそのものを言っているのです。」

と。


・自分が見えていない。

・自分に気づいていない。

・他人が全て悪いと思っている。

それに気づき、自らを修正していけば、相手は分ってくれる・・・

そういう意味でしょうか。



しかし、

今はそれは本当なのだろうかと疑問を抱いています。

夜間の仕事で

「サボリ癖」の非常に大きな人がいます。

・言っても聞かない(理解していない)

・指示通り動かない

・適当な仕事振りで責任を果たしていない

・早く終わってサボってる

何とか真面目に仕事してもらえないかと思い、仲間と一緒に見本となるような仕事をしてるつもりなのですが、一向に関心なし・聞く耳持たず。

いつか分ってもらえる日は来るのだろうか・・・と半ば諦めてます。

このまま放置するとドンドンつけ上がってきます。


こんな時、以前書き込みしました「性善説」「性悪説」を考えます。

その人にも「人の役に立ちたい」という善の心があるのか

「面倒だから仕事したくない・サボりたい」という悪の心だけなのか

はたまた「性弱説」の考え方で

「仕事しないといけない気持ちはあるけど、やっぱ面倒だから・・・」

と弱い一面が出てるのか???


いつかは分ってくれる事を信じて毎日積み重ねていくべきなのでしょうか・・・

「中道」という概念

釈尊の言う「中道」とは

『真理に至る大きな道』

という意味になります。

この考え方は他の宗教思想にはなく、仏教のみに見られる概念。


簡単な言葉で訳すと

「いい加減」

となりますでしょうか。


普通でいう「いい加減」(いい加減な人)ではなく、「良い加減」という意味です。


人の思い・感覚・思想は千差万別。

例えて言うと、お風呂の温度は熱いのがいい加減の人もいれば、ぬるいのがいい加減の人もいます。

その人の適温が「いい加減」になります。


歩く早さで言いますと、早歩きの人もいます。ゆっくり歩く人もいます。

その人その人の歩くスピードが「いい加減」です。

われ先とばかりに早く歩いて人に勝とうと教え込まれてる現代、

これは釈尊の教えに反しています。

毎日毎日をゆったりと楽しく、人に勝つのではなく、お互いに助け合って生きてゆく。

そうした生き方が『中道』の教えになるのです。


厳しい現代社会で企業が勝ち残らないといけない時代ではこの考え方は賛否両論かと思います。

勝ち残る人(企業)がいれば、負ける人(企業)がいます。

自分一人だけ勝つ考え方は仏教では好ましくないようです。


「綺麗事だ!」との意見も出てきそうですが、この辺りにに仏教の根本思想があるように思います。

四つの信念

孔子の言葉に

『四をもって教う。文、行、忠、信。』

長い人生を生きるうえで、この四つの信念・理念を大切にしていけば、まず間違いなく幸福な生活を送る事が出来る。 と説いています。


【文】:教養・知識。仕事以外の時間に本を読んだり、講演会などに出席して自己啓発をしていく事が大切。
    また、「礼儀作法」という意味も含み、教養ある人物は、自然に礼儀正しくなっていく。

【行】:行動。知識だけを蓄える「頭でっかち」になってはいけない。
    知識は行動を伴わないと何の役にも立たない。

【忠】:人のために役に立つという意味。知識を蓄える事も、行動する事も、自分の個人的な都合からのもの
    であってはならない。
    それは、人のために献身するものでなければ意味がない。

【信】:信念を持つ。「これをやり遂げるんだ。何が何でもやるんだ。」という強い意志を持つ事が大切。


これを踏まえた言葉に

「難きかな恒あること」(かたきかなつねあること)という言葉を孔子は言っています。


簡単な言葉にしますと

「筋道の通った生き方をする」

ということになります。 



『文、行、忠、信』。

バランスよく兼ね備わる生き方を心がけたいものです。
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Author:zyuugan
釋 重願

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